流出情報にも価値の相違がある

 P2P 等による情報流出云々の話題に事欠きませんが、流出した情報にも入手する側による価値観が存在します。単刀直入に書けば、希少性も面白くも無い情報は落とす価値も無いのです。仮に一個人の基本情報程度だったら、それが有名人のものだったり数がある程度揃わなければ流出しても誰も興味を示しません。ただ、それが数百以上の数になればそれだけで価値が発生しますから、漏れ出た小さな情報を収集する者は出るかもしれません。それがその労力に見合うか否かの天秤の問題でしょう。

 逆に、また Share で流出してしまった(参考リンク)自衛隊の教育用資料(?)等はそれ単体で価値があります。偉い人による Winny 使用自粛の提言が如何にトンチンカンなものだったか改めて書くまでもありませんが、役所や企業等が他人にとって(色んな意味で)面白そうな情報を持ち出させない方向へ梶が切られつつあることは、少しは評価しても良いのかもしれません。と言うか、そうならなければ余りに無能です。

余談:
 ところで、一部でこう言った情報流出のことを”流失”と書かれることがありますが、情報そのものを失っていないのに流失とは何故? と思わなくもなかったり。単なるタイプミスと変換ミスを意味が似ているから見逃しただけでしょうか?

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